HP改装

コロナ禍の勢いが少し落ち着いたかと思う間もなく、第5波がやってきました。
広島にもこの20日から「まん延防止等重点措置」が適用されて、27日からは緊急事態宣言が出されています。
当然ながら外出自粛、できる限りの外出自粛で、この頃では買い物さえネットスーパーで済ませている有様です。

ただ自粛しているくらいならと、ずっと気になっていたホームページのリニューアルをしてみようかと考えました。
会社立ち上げ時に勢いで作ったものに、ちょこちょこと手を加えてはいましたが、大幅な変更はしていません。
この際、良い機会なので、少しづつ手をいれてみようかと思います。

ということで、しばらく弊社のホームページはお見苦しいものになると思いますが、悪しからずご了承ください。

何事も極めれば美しい

今週の水曜日のことです。
用を済ませて、広島駅から事務所へ帰るバスを使いました。
すぐに降りるので、一番前の席に座ったところ、運転席のドライバーに視線がいって、軽くびっくり。
女性、しかも若い女性だったからです。

ご存じのこととは思いますが、路線バスの運転手を務めるには、大型免許、しかも2種が必要です。
自動車免許の最高峰、最難関の免許を、彼女は持っているのです。
制服の白いシャツの袖は、パフスリーブ(ふくらんだ袖)ではなく、なんの変哲もない筒袖ですが、その袖の中で泳ぐようなほっそりとした長い腕と手が、むき出しの長いギアを自在に動かして、大きな車体を驚くほど静かに動かしてくれます。
信号待ちの停車なんて、本当に穏やかですすーっといつのまにか止まる感じでした。
がくんとした揺れは、まるでない。

一番驚いたのは、途中で寄るバスセンターの構内でした。
狭いターミナルには、たくさんのバスがひしめいているので、停まるべき場所に先行の車両がまだ停まっているいることもあります。
その日もそうでした。
その場合、少し離れた場所に待機所があって、そこで先行車両が発進するのを待つのですが、その待機所というのがまたすごく狭いのです。
白い枠線で、バス1台がやっと入れるくらいを囲ってあります。
そこに彼女は、ぴたりと、しかも一度で、綺麗におさめてしまったのです。
大きな図体の、彼女の相棒を。
お恥ずかしながら、私など自宅マンションの立体駐車場に入れるだけでも、幾度かハンドルを切りなおします。
比べるのもおこがましい話なのですが、本当にほれぼれするほど華麗な腕でした。
当然のことながら、その間、がくんと揺れることなど一度もありませんでした。
そして先行車両が発進して、ようやく停留場所へ進めるようになると、また静かにすいっと動きます。
誰かに憧れるという感情を、この時思い出しました。

降車時、Paspy(チャージされた交通カード)で支払いを済ませた私に、

「ありがとうございました。」

そういいながら向けられた笑顔のさわやかで美しかったこと!
後ろで無造作に束ねられた長い髪と、切れ長の目が印象的な素敵な方でした。
安全安心に運んでくださって、こちらこそありがとうございます。
久々に心が高揚した、良い出来事でした。

安全帯はカッコいい!

 

高所作業における安全帯、通称胴綱(どうづな)の仕様が、変わりました。
2022年1月2日以降、旧規格の安全帯は使用不可になるので、高所作業を必要とする現場をもつ会社では、新規格の安全帯の着用研修(訓練)を展開しているようです。

新規格、フルハーネスと呼ばれる安全帯は、太ももや背中を全部支えてくれるパラシュート着用時のようなベルトです。
初めて画像を見た時、

「パラシュートみたい。」

と思いました。
従来のものに比べると、全身をがっちり支えてくれるので、安全性は格段に上がっています。
いますが…、おそらく装着は少し大変でしょう。
しばりがあちこちにあるというのは、安全である反面、手間はかかるもの。
従来型の安全帯に慣れている方々には、すこしばかり抵抗があるのではとお察しします。
けれどこれを着けていれば、落下事故の危険からより遠ざかるそうです。
命とひきかえですから、多少の手間は勘弁していただきたいところです。

それにしても、です。
会社員時代から感じていたことですが、こういう安全帯を着用して作業する方々の、なんと颯爽としてかっこいいことでしょうか。
手慣れた風に、ちゃちゃっと金具をつけて確認して、そして高所作業車や電柱に上ります。
下から見上げて、いつもほれぼれとしていたものでした。
旧規格の腰に巻き付けるタイプのものもかっこよかったのですが、今回のフルハーネスは、まるで宇宙飛行士か航空機(客用ではない)のパイロット、いやいや正直に本音で語りましょう。
ガンダムに出てくるモビルスーツのパイロットのようで、ますますかっこいい。
命を守る安全具に、こんなうわついたことを言って大変申し訳ありませんが、本心です。
日々作業に着用なさる方は、そんなこと考えたこともないでしょうが、はために見ると、あなた方はとてもとても颯爽としてかっこよいのです。
新規格安全帯、より安全に命を守ってくれるフルハーネスを、どうか面倒がらずに着用なさってください。
アムロレイかシャアアズナブルか、ララアスンか。
はためには、きっとそんな風に映っていますから。

 

心理的距離を縮める

 

コロナのせいにするのは情けないことですが、対面を前提とする研修は、次々と見送りになった2020年度でした。
国をあげて感染予防につとめている現在であれば、それは当然のことです。
オンラインへの切り替えは、時代の流れでしょう。
当社でもCiscoのWebexを導入して、オンライン研修開催の環境を整えました。

でも多分、それだけでは足りないのです。
オンライン研修に切り替える、それは技術的な、もっといえば道具を整えるだけの変化です。
それでは物理的に遠くなった距離を縮めることはできない。
そう思います。

人と人との距離を、オンラインであっても縮める。
これが2021年度のテーマです。
物理的に難しいのであれば、心理的に縮めるしかありません。
人がどんな時に、相手を身近に感じるか。
私がどんな時に、相手に親近感をおぼえるか。

「話をしっかり聞いてくれる人」

とは、共感が大事という傾聴の研修で、よく使われることですが、これ、マニュアル的な相槌をうたれると、少しカンの良い人ならすぐに気づきます。

「あ~、マニュアルだ。」

ではどんな聞き方なら、親近感をおぼえるか。
相手の環境を、理解しようと努力する姿勢があるか否かではないかと考えます。
相手の環境とは、ビジネスの世界においては、仕事の内容のこと。
すべてを理解できると思うのは、こんなに傲慢なことはありません。
けれど「なんとなく」とか「見当違いではない」とか、そのレベルには、近づけるのではと思います。

2021年度のテーマ「人と人との距離を縮める」を達成するために、ご贔屓くださる現在の顧客の業務内容を、さらに深く理解しようと考えています。
まずは手始めに、業界の方々がお持ちの資格を取得しようかと。
資格取得のために頑張る時間が、共通体験になればと思います。
合格出来たら、ここで資格名を書かせていただきますね。
サラリーマンであった頃、資格取得にはさほど熱心ではありませんでしたが、目的があると、違いますね。
モチベーション上げて、しばらく頑張ってみます。

ダイバーシティ(多様性)を考える

 

Diversity ダイバシティとは、多様性を意味します。
昨今では、多様な人材を積極的に活用しようとする考え方を指して使われることが多くなっているようです。

多様な人材として、よく挙げられるのがLGBTや女性です。
どんな性であるか、自認があるか等、その人の持つパーソナリティは、だれかとの扱いに差を設ける合理的な理由にはなりません。
当然のことなのですが、そう思わないのが普通であった時間が長かったので、いまだに多数派でない個性を持つ人々に対して、全くフラットであるとはいいがたいのではないでしょうか。

そもそも「普通じゃない」とは、良くないことなのでしょうか。
普通とは、長い時間をかけてできた習慣であり常識なのですが、例えば同性愛が過去タブーであったのは、宗教的な理由からであったようで、その宗教の信者数が多く教団に権威もあったので、そのような常識ができたのでしょうが、多数派がいつも必ず正しいと限らないのは、言うまでもありません。
ただ多数派の勢力はいつの時代も大きなもので、少数派は沈黙を守るしか、身を守る術がないのも事実です。
めんどうごとに巻き込まれぬために、多数派に逆らわず、ひっそりと生きてきた少数派は、いつの時代にもいたことでしょう。

たとえば「飲酒運転をしてはならない」とか「社内決裁はこの順序で」とか、社会生活に必要なルールに従うのは、どのようなパーソナリティをもっていても等しく課される義務です。
けれどプライベートのエリアでの優先順位についてや、考え方の傾向、キャリアや育ってきた環境、もろもろについて、多数派と同じでないことを陰に日向にあれこれ言うのは、いかがなものかと思います。
よく聞く言葉に

「彼は(彼女は)変わっているから。」

というのがあります。

変わっている=多数派ではないことが、さもさも悪いことのような口調で、その言葉は出されます。
たとえば病気で長く休学していた過去がある。
たとえば飲み会に参加しない。
たとえば持ち物にキャラクターものが多い。
たとえば未婚だけれど、子供がいる。
たとえば…。

みんな同じであるなんて、そもそもあり得ないことです。
多数派の中でも、細かな部分まで下がっていけば、多数派と小数派に分かれてゆくはずですし、つきつめれば皆、他人とは違う人になるはずだからです。
けれど私たちの多くは、自分が多数派であることに安心感を覚えるようです。

「この案について、賛成の人、手をあげてください。」

こういわれた時、すぐには手を挙げず、周りを見回してから手を挙げませんか。
みんなと同じだと安心する。
変に目立ちたくないと思うからでしょう。
目立てば…、いつもそうではないでしょうが、「出る杭は打たれる」という文化だからです。

そのくせ「個性を尊重し」などという言葉も、よく耳にします。
学校でも社会でも、よく聞きませんか。
本当に個性を尊重するのであれば、

「みんな、違って当たり前。」

そう思うことからです。
生活するのに必要な社会のルールや、仕事をするのに必要なルールを守っているのであれば、その先のこと(既婚か未婚か、子供があるかないか、性自認がどこにあるか等)について他人があれこれ言ったり、扱いに合理的ではない差を設けたりするのは、とても失礼なことだと思います。

ダイバーシティ社会を実現するためには、まず私たちの日ごろの生活の中にある多様性について、

「みんな違ってあたりまえ。」

自分の生活を乱されない限り、違いを当然のこととして受けとめられるようになることです。

「彼(彼女)、変わっているね。」

そういう言葉を聞いたら、

「そう?
普通じゃない。」

と言える社会になると良い。
そう思います。

課題解決の進め方

とある企業の、キャリアパス(契約社員から正社員へ登用された方々)の管理者による「課題解決発表会」をお手伝いいたしました。
皆様、初めてのことだったので、パワーポイントによる資料の作成や発表の作法等、戸惑う事ばかりのご様子でした。

けれどそれぞれがお出しになった「職場の課題」は、どれもみな生々しいほどリアルなもので、みなさんがいかに問題意識をもって仕事をなさっているか、伺われます。

課題(こうしたい、こうなれば良いというテーマ)があって、次に現状分析があります。
そしてどうしてそんな現状なのかの原因を探り、その原因を取り去るためにはどうすれば良いかを考えます。
そしてそれを解決すると、どのような効果が生まれるかを考えて、これらを最大で9枚以内のファイルで表現する。
これが今回、みなさんがなさった作業です。

普段お忙しい中で、ついつい後回しになっていた考え事をするのに、良い機会だったようにお見受けしました。
原因の深堀りをすることで、より具体的な解決策が次々に提案されてゆく様は、さすがに選ばれて管理者になった方たちだと、感嘆するばかりです。

このうえは、ご自身が提案されたその策を、ぜひとも実行して課題をリアルに解決していただきたいと願っています。
発表会のための発表ではなく、リアルに会社をよくするための提案に、ぜひぜひしていただきますように!

チャンピオンの誇り

7月から支援に入らせていただいた企業のコールセンタ、インバウンド営業のコンクールにて、代表選手ペア2名が見事優勝!!
知らせを受けた時には、エレベータの中だったのですが、

「うわ!
やった!!!」

と声が出てしまいました。
そのくらい、嬉しかった。

予選、決勝と勝ち抜いた選手2名の方の地力と努力の結果に、心からお祝いを申し上げます。
おめでとうございます。
本当に良かった。
こんなに嬉しかったのは、何年ぶりでしょうか。

さて、優勝の歓喜が過ぎた後、次にくるのはチャンピオンの責任です。
「コンクールで勝った」、これで地力は客観的に評価されたことになります。
けれど営業系企業なら、その地力が数字、つまり売上に反映されてはじめて皆の尊敬を集めることになるのではないでしょうか。

ほら、こんな憎まれ口、聞いたことありませんか?

「あいつは試験だけはできるからなあ。
実技(実務)は、まるでだめなくせに。」

「彼女はコンクールにだけは強いのよ。
でも実際の応対は、私の方が上。」

実務が上で、資格やコンクールが下のような言い方で、有資格者やコンクール入賞者にマウントする人々。
そんなことはありません。
実務のできる、できないは、売上数字のように客観的に出るものもありますが、主観的なものが多いのです。

「あいつは頼りになるなあ。」

「あの人は仕事が速いよね。」

こういう感覚的な評価も大事ですが、本人の自己評価と他人の評価が違う時、評価の基準を示すのが難しいものでもあります。
だから上の例で言うと、本人は

「彼女はコンクールにだけ強い。
実務は私の方が上。」

そう思っていても、何をもって上と言えるのか、非常に曖昧です。
でもコンクール優勝となれば、客観的な評価の結果と他人に示せます。
示せますが…。
そう言われるのは、なんとも腹立たしいですね。

話を戻します。
今回優勝した2名の方はもちろん、センター全体にも、チャンピオンへの羨望の視線が向けられます。
売上の数字においても、今まで以上に注視されるのではないでしょうか。
そうであれば、ぜひここはチャンピオンの誇りにかけて、よりよい成績をめざしていただきたいところです。
私が存じ上げているあのセンタの皆様なら、必ずできると信じています。
堂々たるチャンプの誕生を、心よりお祈り申し上げます。

社内シンクタンクのありがたみ

シンクタンク。
社会政策、政治戦略、経済、軍事、技術、文化等をテーマとして研究し、発表することによって時の政権や世の中に影響を与える集団として、耳にすることが多い言葉ですが、もう1つ意味があります。
直訳した「頭脳集団」としての機能を果たす個人、グループ。
企業には、この役割を果たす部署が、多くの場合設けられています。

上層部へ行けば行くほど、扱う範囲が広くなるので、そのシンクタンクには経済全体を見通せて、さらに自社特有の事情も加味して考えられる能力が必要でしょう。
でも現場に近いところでは、もっと小さな範囲で生々しい事情を理解した上、自社の商品やサービスについて精通したシンクタンクが必要です。

提案力向上のサポートに伺っている企業様で、つい先日驚かされたこと。
この研修には、このデータとこの資料とが必要と即座に出してくださいます。
(社外に出せないものは、もちろん除いてあります。)
そして私があるサービスについて、詳細部分を伺ったところ、即座に回答が返ってきます。
それも現場レベルのことと、サービスの処理行程レベルのこととに切り分けて、すっきりと。
おかげで研修資料の作成、実施が、するりと進みます。
ああ、これが企業の力なんだとあらためて感動したところです。

昔、会社員だったころのことを思い出しました。
会社員だった頃には、あるのが当たり前だった「聞けばわかる。聞けば答えてくれる」部署のありがたさを、当時の私はまるでわかっていなかったなぁと。
おそらく今、会社員である方々の多くも、きっと当時の私と同じではないでしょうか。
シンクタンクのあるありがたみ。
かつての私に言ってやりたい。
「もっともっと積極的に、自分から情報を取りにいきなさい。」

今回の研修で、結果につながるサポートができたら良い。
お世話になったシンクタンクの皆さんのためにも、そう願ってやみません。

 

 

 

コーチは大切です。

ある企業様で、提案応対競技会のサポートをさせていただいています。
常日頃から現場でお客様対応をなさっている皆様の力量は、さすが企業の看板を背負う企業戦士のそれです。
勉強熱心な態度も、ほんとに敬服するばかり。

さてその競技会、つい先ごろ、予選大会がありました。
そこでびっくり。
「え?
本当に〇〇さん?」
1か月ほど前にお目にかかった時とは、別人かと思うほど違う。
見事な相槌、心のこもった共感、その他技法については省きますが、それらを駆使しながら、何よりも自然体です。
驚きながら、感心しながら、ただ聴き惚れておりました。

私がいくら研修に伺ったとしても、それだけでここまで改善するとは自惚れておりません。
外部の研修講師の役割は、改善の契機を与えることです。
個人練習等、別に数回の機会があれば別ですが、対象の方にずっと付き添っているわけではありませんから、研修時にご指摘したことを実現するには、その方の努力がどうしても必要です。
けれど努力したとして、それを客観的に評価してくれる存在なしには、自分のしていることが良いのか悪いのかわかりません。
そこでコーチが必要になります。

このコーチ、社内の育成担当ですが、このコーチの熱心さによって、対象者は自分の努力の結果を1つ1つ評価してもらい、スキル向上できるわけです。
毎日の仕事の中で行われるそれは、社内の育成担当でなければ不可能な、大切な仕事です。
〇〇さんは、勉強熱心で向上心もある、とても優秀な方です。
その方が、熱心なコーチに出会い、細かなアドバイスや指導を受けて、改善点を克服し、良い状態を定着させていったのだと思います。

コーチの必要性について、いろいろな場面でよく扱われます。
今回は間近にその力と結果を見せていただけて、あらためてコーチの重要性を認識したところです。
社内育成担当と外部講師の連携のあり方について、考えさせられた出来事でした。

無知の知は、楽しい

己の足らざるところ、知らざるところを知る。
その意味について、字面を追って、なるほどそうかと分かったつもりでいたことですが、いやいや、そんな薄っぺらいものではないと、最近しみじみ思うようになりました。

独立して、いろいろな企業、担当部署の方々にお目にかかるようになりました。
そちらの課題解決のお手伝いをさせていただくのが、今の私の仕事なのですが、この課題が、それぞれなかなか奥深いのです。

各組織には、それぞれ固有の土壌があり、その土壌を前提にしなければ、どんなカリキュラムや資料を作ってもうすっぺらで、およそその組織の人の心に残りません。
今お世話になっている研修エージェントの担当さんが、

「受講者の満足度」

という言葉を使われます。
字面だけ見ると、

「そんなの当然でしょ。CS(顧客満足)なんて、今や当たりまえ。」

と思うでしょうが、これを実現するとなると、なかなか手ごわいのです。

満足度を上げるには、受講者ニーズに合致するものを提供すればよい。

これもまた、当然でしょと言われそうです。
では、何が受講者ニーズに合致するのかと考えてゆくと、表面的に表れている、例えば「提案力の向上」という顕在的ニーズにだけ応えたのでは、おそらく合致したと、受講者は思ってはくれないのではないでしょうか。

 

昨日、とある企業で、「提案力強化」を目的とした研修を担当しました。
研修そのものは、1日で終了ですが、その準備にかかった時間は、おおよそですが、5倍以上にはなっているはずです。
該当業種の特性をよく調査して、先方企業の担当の方とよくよく打ち合わせをして、作成資料のチェックをしつつ、ようやく研修資料を作成しました。
この過程で、「先方企業の、受講者の働く環境や、必要とされる能力について、ざっくりとしか知らない。」ということに、気づかされます。
知らないものは、できるだけ知ろうとするべきだと考えて、積極的に先方の担当の方にコンタクトを取り、潜在的に求めているだろうものは何か、それこそものすごく一生懸命に考えました。
そして出来上がったのが、現場で取り扱うだろう事例を基にした、提案力の強化というモデルです。
企業のホームページやパンフレットを読み込んで、できるだけ現実に近いものに仕上げました。

これで完璧などとは、けして思っておりません。
私の座右の銘は、「温故知新」なのですが、これに今後は「無知の知」を加えようと思うこの頃です。