忠誠心の育て方 -非正規雇用からの登用ー(3)

互いになんらかの利益を与え合う関係である「御恩と奉公」における忠誠心には、熱心に奉公するための御恩を効果的に与えることが大事でした。
今回は、それ以外のパターン、利益の保証もないのに忠誠心が生まれる場合について書いてみます。

2.見返りを求めない奉公
忠臣蔵など時代劇を見ていると、「お家のために」とか「殿のために」の言葉が出てきます。
主家や主君を辱めたものに対して命を捨てて抗議する姿が、時代をこえて人の心を打つのは、そこに見返りを求めない忠誠心を見るからでしょう。
忠臣蔵の義士たちは、それでも当時や後世の人々からの賛美という名誉を得ましたが、その名誉さえも求めない、さらに厳しい忠誠心も「葉隠れ」(山本常朝 江戸中期の書物)の中にはありました。

この忠誠心は、忠義をつくす方に、「忠義を尽くす美学」か「忠義を尽くすに足る愛着」か、どちらかがないと生まれないような気がします。
忠義を尽くす美学に関しては、江戸時代の場合、教育によるところが大きいでしょう。
今この忠誠心を育てるとしたら、忠義を尽くすに足る愛着を刺激するしかありません。

主家、主君を、現代に置き換えると、役所または会社、長官(所長)または社長となるでしょう。
役所や会社という組織か、所長や社長という個人に対して、自らの利益を顧みず熱心に奉公するとしたら、何が理由でしょうか。
組織を愛している。
その組織に属していることを誇りに思い、それを自らのアイデンティティ(自己同一性)としている。
所長や社長個人を愛している。
尊敬し、崇拝し、親近感を覚え、その人のためにならどんな努力も惜しまないと思っている。
こんなところではないでしょうか。

非正規雇用社員を登用する際、忠誠心を育てることが大切です。
しかしこの育成には、育てる側が非正規雇用社員の心情とものの考え方を理解しておかねば効果は上がりにくいでしょう。
非正規雇用社員を正社員に登用している企業におかれては、忠誠心の育て方についてお考えになってみてはいかがでしょうか。

忠誠心の育て方 ー非正規雇用からの登用ー(2)

忠誠心(愛着)の発生には、2つのパターンがあります。

1.ご恩と奉公タイプ
企業と労働者の間には、互いに利益を提示し合う関係があり、相手が自分に利益をもたらす故に相手に対して厚く遇したり、熱心に奉公したりします。

鎌倉幕府の御恩とは、これまでの所領を安堵した上、手柄に応じて新所領を与えることです。
これを今の時代に置き換えると、既得権の保証と新しい昇進昇級昇給の機会の提示というところでしょうか。

ここで大切なのが、既得権の保証の部分です。
非正規雇用時に、彼らに対して個人的に約束していたことがあれば(例えば現在の給与額、出張はない、転勤はない、自動車通勤許可等)、その条件を前提に彼らの生活は成り立っています。
もし正規雇用に際して、それらの条件を変更しなければならなくなった場合、該当社員とよく話し合い妥協点をみつける必要があります。
「正社員にしてやるのだから言うことをきけ。」という態度では、新条件の提示は確かに自分にとって利益であり、新しい「御恩」だが、旧の「ご恩」を取り上げられるのなら差引0ではないかと考えてしまう人もでるでしょう。
それでは「御恩」になりません。
「御恩」があればこそ、二心なく熱心な奉公に結びつきます。

新しい御恩にあたる昇進昇級昇給に際しても、与え方に注意が必要です。
長く非正規雇用で働いてきた彼らには、前回触れたとおり正規雇用者と異なる特性があります。
企業が望む「できるはず」のことが、できないことがあるのです。
それを補填する為に、それぞれの階層に応じた研修による能力の習得が必要ですが、この研修自体が昇進昇級昇給のためのステップであり、能力アップのために企業が与える「御恩」なのだと、彼らに理解してもらわなくては、熱心な奉公につながりません。
せっかく時間とお金をかけて御恩を提示するのですから、奉公につながらなくてはもったいない事です。

次回は、御恩と奉公以外の忠誠心発生のパターンについて扱います。

 

忠誠心の育て方 ー非正規雇用からの登用ー

1990年代から始まった長い不況の間、俗に就職氷河期世代と呼ばれる方々が労働市場に参入しました。
一部の恵まれた方を除けば、多くが辛酸をなめた世代です。
契約社員、派遣社員といった非正規雇用者として、働かざるをえなかった世代。
今彼らは30代後半から50歳くらいになっています。
企業が正社員の採用を絞った為、当然のことながら各企業においてその世代の人財が少ないのです。
加えて国の意向もあり、最近、非正規雇用者を正規雇用者として登用しようという動きが、あちこちで見受けられるようになりました。

けれど実際にそうなると、別の問題が出てくるようです。
今日は非正規雇用者を正規雇用にする際の問題点について、扱うことにします。

 

ある企業で非正規雇用で入社した方々(18歳~46歳)の研修を10数年担当していましたが、その中で気づいた彼らの特徴が数点あります。
まず長所。
1.柔軟な協調性
新卒者を除き、ほとんどの方は前職をなんらかの事情で辞めて入社してきます。前職がなんであれ、新たに入った職場に早くなじもうと努力する謙虚で柔軟な協調性が見られました。
2.メンタルの強靭性
他の職場でもまれてきているので、人間関係のもろもろへの耐性が強いようでした。

けれど良いことばかりではありません。
長く正規雇用で働いてきた方にあって、彼らにないものももちろんあります。

1.忠誠心(Loyalty)
忠誠心とは、尊敬をもって命令に服従する心です。
新卒で正規雇用で入社した人々には、多くの企業で研修メニューが用意されています。
社歴や階層に応じて、その時々に必要な能力を落とし込んでいきます。
また長く在籍するうちに、企業の風土にもなじみ、そこに対する愛着も自然に生まれてくるものです。
同じ愛着を持つ上司からの命令には、たとえ少々の不満があっても従うでしょう。
けれど非正規雇用者はこの仕組みの枠外に在る為、愛着は育ちにくく、自分の能力のみを恃みにする傾向があります。
上司と同じ愛着を持たないため、不平不満が目立ちます。
2.未開発の能力の多さ
企業の用意した研修メニューによる育成がなされていないため、「できるはず」と企業側が思うことができない傾向があります。
それは非正規雇用者として、正社員の職分を侵さないように働いてきた「つけ」ともいうべきものです。
狭視野でしかものを見ない為、考え方が一面的で極端でもあります。
けれどこれは同時に「伸びしろ」の多さを示すものでもあり、必ずしも短所ではありません。

柔軟な協調性、強靭なメンタルという長所を持ちながら、忠誠心(愛着心)が薄い為、正規雇用の社員しか部下に持たなかった上司には、扱いづらい存在ではないでしょうか。
問題は忠誠心の育成です。
次回は、どのようにして忠誠心を育てるかを扱います。